「やったほうが良い」と分かっているのに、患者さんが行動を変えられない場面は、臨床で頻繁に起こります。
そのとき私たちは、つい「意欲がない」「理解が浅い」といった単一の要因に原因を求めがちですが、現実の行動はもっと複雑です。
COM-Bモデルは、行動(Behavior)が起こる条件を、能力(Capability)・機会(Opportunity)・動機(Motivation)の3要素として整理し、「何が足りないのか」を診断するための枠組みです。
この枠組みの強みは、本人の問題に矮小化せず、環境・習慣・感情・社会的支援まで含めて、介入ポイントを見つけられる点にあります。
一方で、COM-Bは万能な処方箋ではなく、使い方を誤ると「整理しただけ」で終わったり、倫理的な配慮を欠いた介入につながる危険もあります。
本記事では、COM-Bモデルの基本、3要素の見立て、メリット・デメリット、課題、作業療法での具体例までを、現場で使える形に落として解説します。
COM-Bモデルとは:行動が起こる条件を3要素で診断する枠組み
COM-Bモデルは、行動(B)が生じるために、能力(C)・機会(O)・動機(M)がそろう必要がある、という考え方に基づく診断フレームです。
ここで重要なのは、COM-Bが「介入のメニュー」を直接提示するものではなく、「何が不足しているか」を見立てるための地図だという点です。
たとえば運動が続かない場合でも、筋力(能力)の問題なのか、運動できる場所や時間(機会)の問題なのか、あるいは不安や習慣(動機)の問題なのかで、必要な支援は変わります。
また3要素は独立ではなく相互作用しますので、動機が低く見えても、実は能力不足や機会不足が背景にある、ということも珍しくありません。
作業療法でCOM-Bを使う価値は、目標設定や課題分析を「本人の意志」だけに寄せず、生活環境や役割、支援体制の調整まで含めて具体化しやすくなることです。
逆に言うと、COM-Bは「行動が変わらない理由」を丁寧に特定しない限り、実装の効果が出にくいので、評価と対話の質がそのまま成果に直結します。
COM-Bの3要素:Capability(能力)・Opportunity(機会)・Motivation(動機)
Capability(能力):できるだけの身体・認知・スキルがあるか
能力(Capability)は、行動を実行するために必要な「身体的能力」と「心理的(認知的)能力」を含みます。
身体的能力には、筋力・持久力・巧緻性・疼痛耐性などが入り、心理的能力には、知識、理解、注意、計画、記憶、手順化といった遂行に必要な認知が入ります。
臨床では「やり方が分からない」「手順が覚えられない」「疲れやすい」などが能力側のサインになりやすいです。
ここでの落とし穴は、本人が「できない理由」を言語化できないまま、動機不足に見えてしまうことです。
能力への介入は、訓練だけでなく、手順の簡略化、補助具、環境調整による要求水準の調整も含めて考えます。
つまり「能力を上げる」だけでなく、「能力で回るように設計する」ことが、作業療法の強みと相性が良いポイントです。
Opportunity(機会):できる環境・時間・支援が整っているか
機会(Opportunity)は、行動を可能にする外的条件で、「物理的機会」と「社会的機会」に分けて考えます。
物理的機会には、場所、道具、時間、費用、交通手段、生活導線などが含まれ、社会的機会には、家族の支援、職場の理解、同僚の協力、文化・規範・期待などが含まれます。
たとえば自主トレが続かない場合でも、実は運動スペースがない、家事と介護で時間がない、周囲が止める、など機会の不足が主因のことがあります。
機会は本人の努力で解決できないことも多いため、医療者が「やりなさい」と言うほど逆効果になりやすい領域でもあります。
OTの役割は、環境条件の調整を具体化し、実行可能性を上げることで、行動の発生確率そのものを上げることです。
支援者側の目線では、「本人の問題」ではなく「システムの問題」として見立て直すことが、機会を扱うときの基本姿勢になります。
Motivation(動機):やる理由・習慣・感情が行動を押しているか
動機(Motivation)は、行動を促進する内的要因で、「反射的動機(意図・計画・価値)」と「自動的動機(習慣・感情・欲求)」の両方を扱います。
反射的動機は「やる意味が理解できる」「目標がある」「計画がある」といった意識的な部分で、自動的動機は「面倒」「怖い」「気持ちよい」「ついしてしまう」といった自動反応に近い部分です。
臨床で「分かっているけどできない」が多いのは、自動的動機(習慣・感情)の壁が反射的動機(理解)を上回っている状態とも解釈できます。
動機への介入は、説明や説得だけでは不十分で、達成感の設計、報酬の扱い、成功体験の積み上げ、失敗時のリカバリー設計まで含めて考える必要があります。
また、過去の失敗経験や痛みの記憶などが強いと、本人の「意欲」ではなく「回避学習」が行動を支配します。
そのため、動機は“気合い”ではなく、能力と機会の調整によって自然に上がることが多い、という前提で扱うのが現実的です。
作業療法での使い方:COM-Bで「原因仮説→介入案」を外さない手順
COM-Bを臨床で使うなら、最初に「行動」を具体化し、次に3要素の不足を仮説として整理し、最後に介入案を決める、という順序が安全です。
行動を曖昧にしたままだと、「運動する」「外出する」のように広すぎて、評価も介入もブレます。
たとえば「週3回、夕食後に10分の散歩をする」のように、頻度・状況・時間まで落とすと、どの要素が詰まっているかが見えやすくなります。
次に、能力・機会・動機それぞれについて「足りている/足りない/不明」を整理し、足りないところを優先して埋めます。
最後に、埋める方法は“訓練・指導”だけに寄せず、環境調整、役割調整、ルーチン化、関係者調整、補助具、情報設計など、OTが得意な手段を組み合わせます。
この手順の本質は、「本人の内面に原因を固定しない」ことと、「介入が現実に回る条件(実装可能性)を最初から見積もる」ことです。
不足要因の整理に使えるチェック表(例)
| 要素 | 不足のサイン(例) | 評価のヒント(例) | 介入の方向(例) |
|---|---|---|---|
| Capability(能力) | 手順が分からない/疲れる/痛い/注意が続かない | 実演・手順の再現/疲労・痛みのパターン/遂行分析 | 手順簡略化/練習/補助具/要求水準調整 |
| Opportunity(機会) | 時間がない/場所がない/道具がない/周囲が協力しない | 生活時間の把握/導線・物品配置/家族・職場の状況 | 環境調整/時間設計/支援者調整/制度・資源の活用 |
| Motivation(動機) | 意味がない/怖い/面倒/習慣が強い/失敗の記憶がある | 価値・目標の確認/感情・回避のトリガー/成功体験の有無 | 目標の再設計/達成感・報酬設計/小さな成功の積み上げ |
実装を外さないためのポイント(箇条書き)
- 「動機がない」と見えたら、まず能力と機会の不足を疑います(動機は二次的に落ちていることが多いです)。
- 行動を“具体化”してから介入します(頻度・状況・時間が曖昧だと評価も効果も曖昧になります)。
- 介入は1つに絞らず、最小限の組み合わせで試します(能力×機会の調整だけで動機が上がることがあります)。
- 実施できない理由が出たら失敗ではなくデータとして扱い、要素の仮説を更新します。
具体例:運転再開(運転に関わる行動)をCOM-Bで見立てる
COM-Bは「自動車そのもの」の例えよりも、「運転という行動」を行う人の条件として整理すると、臨床に直結します。
ここでは、運転再開を希望する方を想定し、「安全確認を伴って運転する」という行動を、能力・機会・動機で分解します。
能力(Capability)には、視覚・注意・判断・反応・二重課題処理・操作技能といった身体・認知の要素が入り、評価や練習、代償手段の設計が検討対象になります。
機会(Opportunity)には、運転可能な環境(交通量、道路特性、天候、時間帯)、同乗者の支援、車両調整、公共交通の代替環境、家族の合意形成などが含まれます。
動機(Motivation)には、運転への不安や恐怖(自動的動機)と、役割回復・社会参加・必要性(反射的動機)が混在し、焦りが強いほどリスク評価を曇らせる可能性もあります。
このように整理すると、「能力は十分でも機会が危険」「動機は高いが能力が追いつかない」など、どこにブロッカーがあるかが明確になり、関係者と同じ地図を共有しやすくなります。
運転再開の見立て(例)
| COM-B | 運転再開での具体例 | OTが検討できる支援(例) |
|---|---|---|
| Capability(能力) | 注意配分が苦手/反応が遅い/操作が不安定/疲労しやすい | 課題分析/段階付け練習/疲労管理/代償手段の検討 |
| Opportunity(機会) | 交通量が多い地域/家族が反対/車両が適していない/代替手段がない | 環境条件の調整案/家族説明の材料整理/利用資源の提案 |
| Motivation(動機) | 必要性が高く焦りが強い/事故不安が強い/成功経験が乏しい | 目標の段階化/不安のトリガー整理/成功体験の設計 |
なお、運転に関する最終的な可否判断や手続きは地域の制度・窓口により異なるため、臨床では「能力の評価」と「安全な選択肢の整理」を中心に、必要に応じて関係機関と連携する形が現実的です。
COM-Bモデルのメリット:臨床で“詰まり”を見つけやすい理由
COM-Bの最大のメリットは、行動が変わらない理由を「能力・機会・動機」という最低限の軸に圧縮し、現場で迷いにくくする点です。
特にリハビリ領域では、身体機能や認知機能(能力)に視点が偏りがちですが、COM-Bは環境・支援・制度(機会)を同格に扱うため、生活に戻す視点を保ちやすくなります。
また、動機を「理解(反射)」と「習慣・感情(自動)」に分けることで、「説明したのに変わらない」を理屈で捉え直し、介入を組み立てやすくなります。
さらに、3要素の相互作用を前提にするため、単一介入でうまくいかなくても「どこが不足していたか」を次の仮説に変換できます。
結果として、介入が“根性論”になりにくく、再現性のある説明(チーム共有)がしやすい点も臨床に向きます。
ただし、メリットは「正しく診断した場合」に最大化されるので、次章のデメリットと課題を理解した上で運用することが重要です。
デメリット・課題:COM-Bが“便利すぎる”ことで起こる落とし穴
COM-Bはシンプルなぶん、使い方を誤ると「整理しただけ」で終わり、介入が薄くなる危険があります。
特に「動機が低い」と短絡すると、実は能力不足や機会不足が原因だったケースを取り逃し、本人責任のメッセージになって関係性を傷つけることがあります。
また、COM-B自体は介入手段のカタログではないため、具体策に落とすには、臨床知、制度知、環境調整のスキルが必要です。
効果測定の面でも、行動変容は複数要因が絡むため、「何が効いたか」を単純に切り分けにくく、評価設計を怠ると振り返りができません。
倫理面では、報酬や圧力で行動を動かす設計が、本人の自律性や価値と衝突する可能性があるため、納得と合意のプロセスが欠かせません。
最後に、モデルそのものに費用はかかりませんが、丁寧に実装するほど評価・調整・多職種連携の人的コストが増える点は、現場運用としての課題になります。
まとめ:COM-Bは「意欲」の議論を、実装可能な介入設計に変える
COM-Bモデルは、行動(B)を「能力(C)・機会(O)・動機(M)」の3要素で整理し、行動が変わらない理由を見立てるための枠組みです。
臨床では、動機に原因を押しつけず、能力と機会の不足を先に疑うことで、介入が現実に回りやすくなります。
また、行動を具体化し、3要素の不足を仮説として整理し、最小限の組み合わせで介入を試すと、失敗が次の設計に活かせます。
一方で、COM-Bは介入メニューを自動で示すものではないため、具体策に落とすための臨床判断と評価設計が必要です。
さらに、本人の自律性を尊重し、関係者との合意形成を丁寧に行うことが、行動変容を長期で支える土台になります。
COM-Bを「便利な説明」で終わらせず、生活の中で実行できる形に落とし込むことで、作業療法の強みである“実装”がより強化されます。

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